早稲田大学 名誉教授 浅川基男
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若いときの人との出会いは、あとあと自分の人生を左右するほど大切であったと今更
ながら驚く。私の人生では大事な出会いが3回あった。
第1番目は教師である。小学校から大学までの間でよき恩師に出会ったか、第2番目は
社会に出てからよき上司、先輩に恵まれたか、第3番目によき伴侶に巡り会ったかである。
この三つの出会いの影響力は40 才、50 才の分別盛りになって来るにつけ、冷や酒のよう
に利いてくるから不思議なものである。
私の場合、第1の教師との出会いは小学校の N 先生である。給食代も払えない貧乏な
家庭の子、知的障害で皆からぽつんと寂しそうに窓を眺めていた子、クラスの臆病者や
ガキ大将、勉強や運動のできる子できない子、職 人・小売り・サラリーマンの子等々、
先生は分け隔てなく等しく接し可愛がり、ときには叱りつけた。このとき「能力に差が
あっても人間として皆一緒」との先生の教えを一クラス60 人の仲間は体験で共有し、
いまだに今年90 歳を越える先生を囲んでクラス会を継続している。大学時代の恩師は
まさに私の父親代わりとなって、節目節目で人生相談に乗ってくれた。
現在の「材料加工」の専門も恩師からの薫陶がきっかけである。
会社に入ってからも次々と厳しい先輩,上司に出会った。
「コピーのとりかた方」から始まり「エンジニアとしての考え方」まで徹底的に鍛え
直された。若い当時は苦しく、きつく、何度も会社を辞めようと考えていた。そのときの
専門学識や経験が大学での教育・研究に役立っている。
諸君らはゆめゆめ楽勝科目を渡り歩いたり、安楽な研究室や仕事を求めたりしては
ならない。
第3番目の良き伴侶はプライベートなこともあり、またの機会としたい。