早稲田大学 名誉教授 浅川基男
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ちょっと前の日本では「おこりんぼおじさん」や「うるさいおばさん」が隣近所にいて、
子供や若者がだらしない服装をしたり悪ふざけをしていると、怒ったりうるさく注意して
いた。毎回注意されると次第に「なるほどそういうものか」と気が付き始める。
学校の先生も怖いことこの上なく、拳骨やピンタ等の体罰は日常的で「先生に言いつけて
やる」といわれると、「ちょっと待った!」ひるまざるを得ない。
就職してからも職場には「うるさ型の作業長・工長」がいて、大学出たての若輩技術者に
「図面がなっていない」、「機械の叫びを良く聞け」、「なにを大学で学んできたのか」と
それはよく叱る。特に私が危険な作業をすると、真っ赤になって「どアホ!」怒鳴られた
ものである。その効果は絶大で二度と同じようなことはしなくなる。技術指導から危険予知
まで体験と永年の勘には脱帽するしかない。
「厳しい上司」は私が事務所で仕事をしていると「宝物は事務所にはない。現場に出ろ」
とわめき回っていた。このところ豪華客船建造中の火事、製鉄所のガスホルダーの爆発、
タイヤ工場の火災など製造業で大きな災害が続発するようになった。この背景には小さな
事故が何百倍もあるはずである。この根本には日本の製造業を底辺で支え、現場を知り尽く
した仕事の鬼が、歯が抜けるように姿を消してきたことが主因と私は考えている。
昨今は若者に注意したり叱りとばしたりする年輩者が極端に少なくなった。
一方私が学生に「挨拶ぐらいしろ」と注意すると彼らは思いのほか素直に改めることが多い。
良く聞くと「今まで挨拶で親にも注意されたことがなかった」という。若者はむしろ年輩者が
注意しないことに不満を持っているような気さえする。
「おこりんぼおじさん」や「うるさいおばさん」、「厳しい上司」そして「注意する先生」
がもっと増えないと、日本はますます「ゆるゆるの国」になってしまうだろう。