早稲田大学 名誉教授 浅川基男 asakawa@waseda.jp
ドイツ最大級のアーヘン工科大学における研究機関の一端を紹介しよう。その一つである「生産技術研究所」は生産加工、製造技術、機械工具技術、金属・品質管理技術が専門の4人の教授により構成される総合的な生産技術センターの拠点である。ここでは博士課程の学生を含め研究員は170 人、技術アシスタント250 人、160人の技術職員、合計580人、年間予算30億円である。このような研究所がこの大学では50を越えている。研究の主体は日本のように学部や修士課程の学生ではなく、大部分が博士課程の学生である。殆どの生産機械が真新しく、レーザ機器、高速ミーリング、歯切り盤、電解研磨機器、ワイヤーカット、摩耗評価試験器、セラ ミック成型・切削機、研磨機、表面改質機器等々で構成され、対象は自動車、重工、電気電子機器、半導体、精密機器などあらゆる分野に及ぶ。ヨーロッパの自動車会社からの研究・試作依頼はもちろんのこと、アメリカや日本からの依頼も多くあるという。地味な生産技術の分野に多くの人材と資金を大学に投入している姿にドイツ人の「こだわり」と「原則重視」の姿勢を痛感した。
日本では残念ながら生産技術,切削・研削加工はもう時代遅れ の技術として数十年前から潮が引くように多くの研究者が大学や公的研究機関から姿を消して行った。研究が途絶えると自動的に関連の基礎教育も廃止されるのが常である。情報やナノテク、バイオには国や公的機関から資金の大盤振る舞いが年中行事になっているが、多くのものづくり産業の足腰を支える生産技術は総じて民間任せである。日本が辛うじてものづくりで世界一を誇っているのは、町工場を中心とした職人や、民間の研究・開発技 術者がやっと支えているのが実状である。
ドイツに限らず米国も含めて産業の基盤となる研究や教育を他ならぬ大学がしっかりと支えていること、だからこそ大学への信頼が厚いことをこの在外研究中に痛感した次第である。